それはまだ僕らの距離が遠かった頃の話。
初めて会った日の事は、実はあまり憶えていない。
憶えているのは、
「君が”臨海副都心線”?初めまして、”営団地下鉄”の有楽町線です。新木場駅の同じフロア同士、仲良くやっていこう。」
どうぞ宜しく。と出された名刺と、交わした握手
爽やかで人好きそうな彼の笑顔
「…宜しく。」
−ああ。これが、京葉と武蔵野が言っていた"営団式営業スマイル”−
そして僕の第一印象。
彼と話をする様になったのは、それからしばらく経ってから。
あの頃の僕は、新木場に着くと次の始発までひとりで過ごしていた。
京葉と武蔵野は知った仲だったし、同じフロアの有楽町とも顔合わせは済んでいる。
−だから余所に出向く必要はない、そう考えていたから。
それに、周囲からも特に何かを求められていなかった。
新木場に着く
適当に何処かに座ってジミヘンを聞く
発車時間が来たら出発
…以下、繰り返し。
時々有楽町と簡単に挨拶を交わして、たまに京葉がやって来て
一方的に話して帰ったりする事もあったけれど、殆ど変わらない毎日を送っていた。
「何を聞いてるんだい?」
声をかけて来たのは有楽町の方から。初見の時と変わらない営業スマイルで。
同フロアで隣人の僕とコミュニケーションを図りに来たのだろう。
あまり興味はなかったけれど、時間はあったから彼の相手をする事にした。
「ジミヘン。…聞くかい?」
「ああ。是非。」
イヤホンの片方を外して有楽町に渡す。
2人で共有するにはやはりコードが短くて、自然と正面を向き合う形になり
お互いの距離が近付いていく。
有楽町は空いてる方の耳に手を当てると目を伏せ、曲を聴くことに集中した。
真面目、だね。僕は心の中でそう呟きながら、有楽町の顔を見る。
−いかにも真面目で苦労人のトレードマーク的な深い眉間の皺。
実際、色々と苦労している様だった。気怠そうに椅子にもたれかかっている彼を何度か見た事がある。
営団地下鉄は多数の路線と接続している。会社の利益に叶えば相手を気に入る・気に入らないに関係ない。
今の僕みたいに、他路線の相手に気を配ったりして、気疲れすることもあるんだろう。
「有楽町って、本っ当に何処までも真面目なんだよなあ。あー言うのを優等生って言うの?
私情挟まないで東上とか西武の連中と付き合ってるし。俺には絶対無理。絶対いつか禿げるぜあいつ。」
以前、武蔵野が彼をそう評価していたのを思い出した。
…尤も、武蔵野やJRは私情を挟み過ぎている感は拭えない。
「−−ね。君。」
今度も心の中で呟いた。口元がつい綻んでしまったけれど。
「……………あー。」
曲が進むにつれて、彼の眉が僅かだけれどゆっくりと八の字を描いていく。
こんな時でも相手を不快感に与え無い様、営業スマイルを保つ所は器用と言うか、流石だと思った。
どうやら彼の好みの曲ではなかった様で、僅かに動いた眉からどう感想を言うべきか少々困っている様子が伺えた。
その時、ふと芽生えた些細なイタズラ心。
−彼をもっと困らせてみたら、どうなる?−
「どう?」と感想を促してみる。…少し期待を込めた様な声で
「あ、えっと。…いい曲だと思うけど…。」
目が泳ぎだした。どう答えるべきか本格的に困りだしたみたいだ。
「……気に入らない?」
今度は少し残念そうに、彼を見つめる
「え、あ!い、いや!そうじゃなくて…。えっと…なんて言ったらいいのかな。」
営業スマイルから一転、戸惑った顔−というよりは慌てた顔。
適切な言葉を探して、その場を取り繕うと必死だ。
「そう!”難しい”だ!俺にロックは難しいみたいで」
思わず吹き出してしまった。
彼の反応があまりにも予想通りだったから。
僕は段々、彼に興味が湧いてきた。
−面白いね。有楽町。
================================================================================
りんかい視点その2に続く(爆)
臨界王子(滅)が「臨海副都心線」で有楽町さんが「営団地下鉄」なのは開業当時(1996年)設定なので。
有楽町は今度開通するメトロ様の「副都心線」の名前だけ見て
開業当時のりんかいを思い出して懐かしく物思いに浸るといい。
京葉線と武蔵野がりんかいと仲がいい(?)のは、京葉線とりんかいが腐れ縁で
武蔵野が京葉線と腐れ縁だからです。
てゆーか、これ本当は
りんかい視点→有楽町視点→まとめ編
って形にして漫画に起こして描くつもりでした。
脳内でもりもり考えてるうちに何だか長くなってきた上に、時間との兼ね合いとか
あとエロにどーやっても行かなかったので(滅)結局描かないまま終わりました。
いつか描きたいなぁ。
2008/05/17